霊体玉尼様のお言葉  【霊能者】

私の霊体・玉尼様に導かれて

ペガサス会連絡先
筍娃牽掘檻牽隠押檻娃牽隠
何故歴史を学ばなければならないのか
世界の先人者達は、歴史を学ぶ事からその目標とする、事、人物を知る事ができ、その目的を達する為にどのような人生を歩んだかを知り、そこに自らが直面している姿を合わせ、自分には何が足りないかを考える。そうしてその人物の叡智に、歴史の叡智にわが身を委ねるのです。

歴史を学ぶことで、自分の器を大きくします。
器とは責任の範囲のことです。まず責任の範囲を把握することです。
会社は社長の器以上になる事はないそうです。発展するためには歴史から学び、器を大きくしましょう。

中国最高の軍師といわれた諸葛孔明、また兵法の孫子も、儒学の孔子も、わが国では、大化の改新の中臣鎌足、源義経、上杉謙信、楠正成等が古代中国の覇道や王道を説いた太公望(呂尚)が著したとされている、【六韜、三略】から学びました。

その太公望と周の文王の出会いの中から人間関係で一番大切な『情』のところを書き込みます。

文王は問うた。
「その深遠なる情を教えて欲しい」

太公望は答えた
「水源から水が懇々と湧き、深くなれば水は尽きることなく流れ、その流れの中にはじめて魚が生まれます。これが情です。
根が深く張るからこそ木は成長し、はじめてそこに実がなります。これが情です。
君子と臣下が志を同じくして、睦あって事をなしてはじめてそれを情といいます。
言葉の対応は情の飾りです。言葉を飾らず、至情を申しあげることは、事の極みと言えます。
今私は、言葉を飾らず、至情を存分にもうし上げたいと重いますが、気を悪くせずにお聞きいただけますか。」
この後太公望は文王に教えを説かれました。

| 偉人に学ぶ | 14:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
「佐々木説法」より恩師中村天風先生の教え
 佐々木先生の「中村天風が説いた教え」より

    天風先生は告ぎのように述べておられる。

『たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。 たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩ますまい。』

『否、一切の苦しみをも、なお楽しみとなすの強さを心にもたせよう』

『神と直接結ぶものは心である以上、その結び目は断然汚すまいことを、厳かに自分自身に約束しよう』

 
 私は天風先生と出会ったことによって、ものの見方や考え方が、大きく変わっていった。そして先生から教わったユーモア精神に、助けられた。
難しい事柄や言いにくいことを、柔らかくし、相手に伝わりやすくするのもユーモアの力。考えてみると、我々は野球のボールを受け取る時でも、無意識のうちにスッと手を引いて受け取っている。
人の意見を聞く場合でも、なるほどなぁ、と思って受け止めれば、自分にも益するところがあり、相手にも好感を抱いてもらうことができるのである。


中村天風先生と佐々木先生の御二人から、明治、大正、昭和の偉人の教えをほんの少しですが乞うことが出来ました。
「なるほどなぁ」と素直に受け取りましょう。





| 偉人に学ぶ | 22:59 | comments(1) | trackbacks(0) |
「佐々木説法」より恩師中村天風先生の教え
 もう4年前になると記憶していますが、Sさんが「神道教授であり、合気道神明塾頭の佐々木將人(ささき まさんど)先生の講演に行きましょう。」と誘ってくれました。
黒紋付の羽織に袴姿の先生の口からは、豪快で80歳台とは思えない大きな声で、ユーモアのある佐々木節がポンポンと飛び出してきます。
この人間の運命を切り開くユーモアの力、大切さも恩師中村天風先生から学びそれを自らの人生に生かしてこられたと語られました。
佐々木先生に、もうぞっこん惚れこんでしまいました。それからは、Sさんより佐々木先生の書かれた書物を頂いて読んでいます。

昨年富士登拝で天照大神である御来光を迎え、天の岩戸開きをなして、「2012年は人類の出発の年です」と教えられています。その年に中村天風先生の教えがブームになっています。これは偶然でなく必然だと神の御心を思わずにはいられません。
世界平和には大和の国、この日本人の大和魂だと教えられます。Sさんがコピーしてくれた佐々木先生の特集から中村天風先生の教えを抜粋します。

佐々木先生が三十三歳ごろ運命の出来事が起こり全てを失い、「死とは何ぞや?」と二年数ヶ月の荒行をしたが、答えは見つからなかった。そんなとき中村天風先生に巡り合いました。

中村天風先生は【この世の中は、死んだ人は一人もいない。皆生きている奴ばっかりだ。死んだ人はもうあの世にいっている。 死とは、皆いくところだ。死んでから考えても遅くは無い。
現在只今の≪今≫を先ず思え、 過去は及ばず、未来は知れず、。死んでからのことは宗教にまかせろ。】

この言葉で佐々木先生はパアと迷いから覚め、「この世のなかは、現在只今の連続で、〔明日〕という日は永遠に来ない。寝て起きると今日、今日である。さらば今日一日をあたう限り価値高く生きろ」と、人生の転機となったそうです。

ほんとうに当たり前のことなのに、読んで初めて気がついて、なにかふっと笑いが湧き起こってきそうでいて、胸になにかが沁みこみ、そして居直りの強さをもらいました。





| 偉人に学ぶ | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
人の力は素晴らしい (自分が自分を超えること)

「 人の力を過大に考えるわけではないが、努力を積み重ねてゆけば、人はおもいがけない力を発揮するようになる。自分が自分におどろくようにならねばならぬ。

不運や不遇を嘆き、他人の薄情さを怨んでいるうちは、自分が自分を超えていない。努力が足りないあかしである。ほんとうの高みに登れば、展望がひらけ、風が変わる人の世の風も変わるのである

そこまで、ゆきたい。」 ( 奇貨居くべし 火雲篇)


奇貨居くべしを読んで、感動しただけでなく自分の生き方が、考え方が変わった青年がいます。

まだ二冊目読みきったところですが、ペガサス会の若者達に伝えたいと思いました。JUGEMテーマ:学問・学校

| 偉人に学ぶ | 00:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
憂いが人物をつくる
 安岡正篤一日一言より

| 偉人に学ぶ | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
「成る」と「為す」 
安岡正篤一日一言より
 「やれるだけやる。そして成る様にしか成らぬ。」
成るということの中に為すということふがあり、為すということの中に成るということがある。
成るということは為すということ、為すということは成るとということが分かれば、命を知るというものだ。



「人事を尽くして、天命を待つ。」(出来るだけの努力をして、あとは天の意志にまかせる。)この諺もやれるだけ、これ以上は無理、出来ないまでの努力をまずしなさいと教えていますが、その後は天の運に身を任せるしかないと、運にゆだねています。

でも安岡先生の一言は、もっと厳しく胸に応えます。
成るということのなかに為すがあるとは、自分が努力、行動したこと、為したことだけしか成果がでないものだ、為しただけにしか成らないものなんだ、と甘えを許さない厳しさを教えられます。

成功している人は、それだけのことを為しているのです。と教えてくれています。
その後に、「だからそれだけのことを為せば、必ず成功するのですよ。」と励ましてくれている温かさも感じます。





| 偉人に学ぶ | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
死についての考え方
 九月二十三日に素晴らしい女性が、続いて二十五日にペガサス会Kさんの尊敬するお父様が亡くなられました。
お別れのお見送りは寂しいものです。

渡邊五郎三郎氏が、佐藤一斎の書した「言志四録」から死についての考え方を訳しています。
武士道の死生観が、高い志や覚悟の原動力であると教えてくれています。現代の私たちが失くしかかっているとても大切な教だと思います。


『(前略)我が身は天物なり。死生の権は天に在り。当(まさ)に順(したが)いて之を受くべし(後略)』(言志録一三七)
(我が身は天からの授かりものである。生も死も天が握っていて自分の力ではどうすることもできない。したがって天命を受け入れなくてはならない)


『(前略)人須らく死を畏れざるの理を死を畏るるの中に自得すべし。性に復るに庶(ちか)からむ』(言志録一三八)
(人は死を畏れないという道理を、死を畏れる中、すなわち生後に自ら体得すべきである。それでこそ生前の本姓にかえるに近いと言い得るだろう)
   
 
| 偉人に学ぶ | 03:51 | comments(1) | trackbacks(0) |
エジソンの言葉
 エジソンの言葉
「成功は1パーセントのひらめきと、99パーセントの努力である。」
99パーセント努力をしても1パーセントのひらめきが無ければなんの成果もでない。といっています。

「ひらめき」とは、霊体が肉体に知らせ、指導、教えの方法であると伝えていますそのものです。
アインシュタイン、湯川秀樹等ノーベル賞受賞した人達は「ひらめき」を追求してきた、1パーセントを追い続け努力した結果であったのです。

この「ひらめき」を養い培うには心を『無』にすることです。

『無』にする方法が日本古来から【石上鎮魂行法】として伝えられているのです。
明日9月24日午後7時より【石上鎮魂行法】をペガサス会で行なわれます。
1パーセントの「ひらめき」は、自分自身の未来を教えてくれます。
| 偉人に学ぶ | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
君民一体とならずば天下が乱れる(山鹿素行にまなぶ)
 JUGEMテーマ:学問・学校

「上に立つ人が、道理正しく天下に智、仁、勇を勤められず、一人わがままをしていては、天下が乱れるのは古今の通例であります。人の和を得て、上下一致して進む時は、何事も成就せぬことはありません。上下不和である時は、不作、変事、損失ができるもので、全て、仁義が欠けていては、天地神明に背くこととなる。」

江戸時代の山鹿素行の訓戒ですが、いまの政治家に学んでもらいたいものだと思います。

国家という大きなまつりごとだけでなく、会社の中等、様々な人間関係に全てあてはまる事だと思います。
「人の和を得て上下一致して進む時は、何事も成就せぬことはなし」
わがままを通してなくても、一人で頑張るのには限界が有ると言う事です。自分を良く見詰めて、なにが得意で、なにが不得意かを知る事。そしてまかせる度量、助けを求める素直さが必要なのだと教えられます。
| 偉人に学ぶ | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
天壌無窮の神勅
 ペガサス会で論語、大学、孝経を教えてくださっているM先生からプリントを頂きました。それには「山鹿素行の思想」が書いてありました。
名前だけは知っていましたが、吉田松陰等日本的道義を支えてきたのは素行の思想だったのだと知りました。
この思想こそ今現代の政治家、とくに内閣総理大臣に必要不可欠な思想であり、失われては決していけないものだと、案じます。

皇祖天照大神のこの国を統治しようとされたときの御心、「天壌無窮」の神勅である『天地の恵みは至誠そのものであって、君子もまた至誠そのものであり、自ら戒め、徳に向かって進むとき、万民すべて安らけく、天下万国すべて平穏に無事なる状態になる。』

天皇陛下の任命により天皇の臣となった内閣総理大臣は、「天壌無窮」の神勅である 【国民の幸せということを中心に、徳の政治をせよ】という思想で行動をしなくてはならない。

内閣総理大臣に徳育から教えなくては成らない現状では、神の御差配を待つのみとひたすら祈願することしかできません。



| 偉人に学ぶ | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
+ 最近の記事
+ CATEGORIES
+ 過去の記事
+ プロフィール
+ その他
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
このページの先頭へ