霊体玉尼様のお言葉  【霊能者】

私の霊体・玉尼様に導かれて

ペガサス会連絡先
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礼記に学ぶ
  18学記

  「玉琢かざれば器を成さず、    人学ばざれば道を知らず。」
  (たまみがかざればきをなさず   ひとみがかざればみちをしらず)

すばらしい原石も、形に削り、磨き上げることにより、すばらしい祭器に成ります。
それと同じように人間も人としての立派な生き方、礼儀(相手を思いやる心、相手を尊敬する心)、を学ぶことにより、すばらしい人になれる。

『礼を勉強しているのは、自分を磨くことをしている。自分を磨くことによって相手との人間関係がうまくいく。相手とは、親子、兄弟姉妹、夫婦、近所、まわりの人達のことです。』
| 古典の解釈 | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
礼記に学ぶ
 18 学記

  「嘉肴有と雖も、食わざれば其の旨きを知らざるなり。」
  (かこうありといえども、くわざればそのうまきをしらざるなり)
       
  「志道有りと雖も、学ばざれば其の善きを知らざるなり。」
  (しどうありといえども、まなばざればそのよきをしらざるなり)


嘉肴(かこう)とは美味しい料理です。どんなに美味しいごちそうでも、食べなければほんとうの美味しさを知る事は出来ない。
そのように志道(しどう)とは、人としてのりっぱな生き方の教えのことですが、立派な、正しい徳のある人としての生き方を学ばなければ、教えを知ることが出来ません。

この教えはもっと掘り下げて教えてくれています。

聞いただけ、読んだだけ、では「知識」にとどまったままである。その「知識」を実際に行動に移す事が、
本当に学ぶことである。
| 古典の解釈 | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
礼記に学ぶ

 10礼器
 
      「山に居て魚龜(ぎょべつ)を以って礼と為し、
       沢(たく)に居て鹿豕(ろくし)を以って礼と為すは、
       之を礼を知らざるものと謂う。             」

(魚龜(ぎょべつ)とは、魚や亀やスッポンのことです。鹿豕(ろくし)とは鹿や、いのこ、豚のことです。
 山に住んでいる者が、海や川で獲れるものを、反対に水辺に住んでいる者が山で獲れる物を贈り物   や接待に選らばないように気を付けなければならない。 )

自分らしくないこと、ふさわしくないことをするのは、礼を知らないことですよ。という事の喩えを述べています。

自分の立場をわきまえて、知って、それにふさわしい贈り物をすることは礼の一つです。
礼を知らないことを、無礼、非礼といいます。
礼とは、相手に対して細やかな心の気使いが無くてはと教えてくれています。
                                     

      

| 古典の解釈 | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
礼記に学ぶ
  10 礼器     

       「礼は回れるを釈て、美質をます」
       (れいは まわれるをすてて びしつをます)


礼とはまがった心をすてると、善いところがふえてくる。
礼が身につくと自分の中にある本来もっている善いところがましてくる、だから礼を身につけなくてはならない。

また礼とは和を保つ上必要なものです。
礼が身につかない、知らないで行動すると不和となります。
和を保つとは、正しい人間関係(夫婦、親子、兄弟、上司部下、友達、近所つきあい)を築いていくことです。
だから礼を知らなければ、感情の対立や、いきちがいが生じてきます。

礼は日常生活の中のあいさつからはじめましょう。





| 古典の解釈 | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
礼記に学
 石上鎮魂行法により、神磁力を充電し、また清らかになった肉体に正しい智慧を教えるために、「大学」「孝教」と講義をM先生より受けてきました。
八月より『礼記』の講義にはいりましたので、毎月学んだ事を書き込んでいきたいと思います。

礼記は、四書五経の一つです。 礼に関する理論および実際を記録編集したもので、その中からM先生が現代に役立つことを選ん講義して下さいます。

敗戦により、徳育が小学校からなくなりました。今や「教育勅語」の素晴らしさは、日本人より他国で認められています。
ドイツ、イギリス等はこの教育勅語の12徳を道徳に取り入れて愛国心のある、品格を重んじる国民教育をしていると聞きます。礼記の前にまず戦前には小学校四年生が学んでいた「教育に関する勅語」から抜粋した口語文を学んでください。

国民道徳教会訳文による教育勅語からの十二徳

『国民の皆さんは、
子は親に孝養をつくし、 兄弟姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、 夫婦は仲むつまじく解け合い、

友人は胸襟を開いて信じあい、 自分の言動をつつしみ、 すべての人々に愛の手をさしのべ、

学問を怠らず、 職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、

また法律や秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と安全の為に奉仕しなければなりません。

そしてこれらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私たち子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行なっても、まちがいのない道でありますから、私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。』




                                    


| 古典の解釈 | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
論語に学 (親の歳を知っていますか)
                    
 「子曰く、父母の年は、知らざる可からざるなり。一は則ち以て喜び、一は則ち以て懼る。」
(しのたまわく ふぼのとしは、しらざるべからざるなり。いつはすなわちもってよろこび、いつはすなわちもっておそるなり)

『子供として、親の歳は、きちんと覚えておくべきである。ひとつにはその長寿を喜び、またひとつにはその老いを、病気などを心配するからだ。』


お父さん、お母さんの歳を知っている人は、常に親を思い、親に気遣いをしている人です。
多くの人は仕事に生活に追われ、親の歳をかぞえるゆとりも無く月日がたっていくものです。
子供の誕生日と同じように、両親の誕生日もカレンダーに書き込みましょう。年に一回だけでも両親の歳を数えて、感謝しましょう。


| 古典の解釈 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
「五倫」
 古来中国で【孟子】が説かれた人間関係上の五つの徳目、儒教における五つの基本的な人間関係の規律を説いたものです。

家庭も、仕事もすべて元は人間関係で始まり、終わるのです。だから生きていくには人間関係の規律をしっかりと理解することなのです。この五つの基本を、人として守るべきものだと素直に受け取って、それを行動の機軸、自分の基底となしえた者は、必ず夢を実現する事が出来て心の満足を得ることができるのです。

【五倫の教】

「父子の親」(父と子の間の親愛)
父は慈しみ、子は孝行しなさいとごく自然な愛情で接しなさいと教えています。この父は両親のことと同じです。

「君臣の義」(君と臣の間の礼儀)
君は君たり、臣は臣たり、上司は上司らしく正しい判断で指導をして、部下は部下らしく従うことでお互いを信頼しあえて仕事が順調に進み、まわりからも信頼される事になるのです。

「夫婦の別」(夫婦の間の区別)
家庭のなかでは、夫は夫の役割があり、妻は妻の役割があるのです。その役割を自覚して其の役割の事だけをひたすら励みなさい。人間の体も目は目の、鼻は鼻の、耳は耳の、口は口の、役割だけをしっかり果たしてくれているから生きていることが出来ているのです。

「長幼の序」(長幼の間の順序)
兄弟は生まれた時から上下の区別ができているのです。子供の時にこの区別が出来ていれば、社会人になった時に役立つのです。
兄は兄らしく、下の者の面倒をみて、可愛がる。弟は上の者に従順に従い、甘える。この兄弟関係が一番大切なのです。この関係が出来ていれば必ず職場での人間関係がうまくいくのです。

「朋友の信」(親友の間の信義)
教育勅語にもありますように、友達はお互いに信じ合って付き合いましょう。
そのように信じあえる友達は一生の宝となります。大切にしましょう。


| 古典の解釈 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
子供には【しつけ】が一番大切である。 論語に学
 「子曰わく、性相近きなり。習相遠きなり」
(しのたまわく、せいあいちかきなり。ならいあいとおきなり。)
【人のうまれつきは大体同じようなものであるが、しつけ、教育によって大きく成長し、大きくへだたるものである。】


「氏より育ち」と昔から言われていることとおなじです。家柄より育った環境が大事と、子供の教育、しつけがいかに其の人間の人格形成をつくっていくかを教ています。
ペガサス会子供論語教室では、親子で学ぶ事をとても大切にしています。
子供の人格(善悪の判断、相手に対する思いやり、言葉遣い、あいさつ等)をつくるのは、家庭です。親の『しつけ』にかかっています。その親の『しつけ』の基準を論語教室で学んでもらっています。
『しつけ』はしつける方も、される方も大変な努力とあきらめない強い心がいりますが、その積み重ねが
こどもを大きく成長させるのです。
こども論語教室にもっともっと沢山の親子が学びに来て欲しいと思います


| 古典の解釈 | 23:35 | comments(1) | trackbacks(0) |
古典に学ぶ (人間は生まれてきた時は皆同じ)
JUGEMテーマ:学問・学校
JUGEMテーマ:学問・学校
 「子曰く、性相近し、習相遠し。」  (論語)
(しいわく、せいあいちかし、ならいあいとおし。)


人間は生まれてきた時はみんな同じですが、その後どれだけ学んだのか、どれだけ努力をしてきたか、どんな事にもあきらめないで生きてきたかによって、大きな違いがでてきます。
ガンバッテ、負けないで、努力した分だけ幸せになれますと教えてくれていると思います。
「よくやった、ガンバッタ」と自分を誉めれるようになりたいですね。
一人じゃないみんなでガンバリましょう。
| 古典の解釈 | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
13世紀でも同じだった。胸が痛い格言
「サキャ・レクシェ」(正木 晃訳)チベット13世紀に書かれた格言

 「あんまり利口でない人は少し勝てば有頂天 
 もし負けたなら味方を恨んで自分はいい子。 
 みんなが集まる会議の席ではいつでも喧嘩 
 秘密の相談事でさえ蔭にまわって言い触らす。」・・・悪い事と気がつかなくしていなかったか?反省。

「正しい見解を述べる人は極めて稀だが  
それを受け入れる人はもっと稀である。 
名医を見つけることは極めて難しいが 
彼の指示を守る患者はもっと少ない。」・・・・・・・頭を叩かれた衝撃、反省のみ。

 「徳を積まない限り仏教学者というものは  
その学問ゆえに自分自身をだめにする。 
真珠をその体のなかに孕んだ貝が 
その真珠ゆえに殺されてしまうように。」・・・・・・学問だけでなく全人格的充実を欠くべからずと教えられます。

 「たとえいくら性格が善良だからといっても 
 いじめられてばかりいると、悪意が生じる。 
 白檀の木はふだんは冷たいものだけども 
 いつもこすり続けていれば、炎を生じる。」・・・・・悲しいことです。いたわりあい、助け合う心を養いましょう。
| 古典の解釈 | 21:29 | comments(1) | trackbacks(0) |
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